愛するみなさま
こんばんは。(^-^)
いつもアナナスのブログに来てくださってありがとうございます。
あなたの存在にこころから感謝します。 (^-^)
さて。
さて。前回に引き続き、来日中の、私のアメリカの親戚の話しを書きます。
おつきあいくださりありがとうございます! m(__)m
私、母、夫で、先日、恵比寿ガーデンプレイスにある、ウェイスティンホテルの最上階にある
レストランで、アメリカさん6人とランチをしました。
このホテル、行かれた方はご存知だと思いますが、、なかなかファンシーなホテルだと思います。
皆は、ステーキ・フルコースや、すき焼きのフルコースを食べ。。
私は、真鯛のトマトソースあえのフルコースをいただきました。(おいしかった。。^^)
赤ワインは、なめただけで、心臓がバクバクしてきたのでやめました。
(私は完璧な下戸!(^◇^))
親戚の1930年代~現在に至るまでの家族の歴史について、が、話のメインテーマでした。
今回の旅で、彼らが知らなかったような、昔の話がでてきました。
大正時代に、私の母方の親戚で、岩手県から、アメリカ、カリフォルニアの地に渡った、
日系1世、2世はすでに亡き人々です。

(写真は、日系1世の人々。1930年代)
。。。
私の母のいとこである、アメリカ生まれの2世、
ミヨコさんは、2000年に亡くなり。。
今回来日した、ミヨコさんの息子、娘も、もはや70代です。
そのくらいの年代になると、余計、自分のルーツを知りたい、という気持ちになるのでしょうか。
日本、という、母国から離れて暮らした1世、2世の、望郷の思いが、
子孫に、脈々と、残っているのかもしれないですね。
彼らが今回、来日したことで、彼らの父(日系1世、1957年に故人)の、
日本在住、青年の時代を、その弟やその子孫から聞くことができました。
古い写真もたくさん残っていて。1900年代初頭からの家族の歴史が明らかになりました。
父母が亡くなっても、、、その父母と血がつながっている日本側の親戚と関わることで、
彼らのこころの位置が、日本や亡き両親に、そぐうような気持ちになっているのかな、、
などと思いました。。
マリー(76)が、アメリカに帰国してから、旦那さん(76)と孫(一番上21才~13才、6人。)
のために、巻きずしを作りたい、と言いました。
それには、うなぎの缶詰(かばやき)が必要だそうで。
なんでも、うなぎ3切れ入った缶詰( 缶は、縦10cm×横5cm 厚さ2cm程度の大きさ)を、
ロサンジェルスで買うと、16ドル!するそうで!
それで、日本製のうなぎの缶詰をこの際、たくさん買って帰りたい、というご希望。
ーーみなさん、うなぎの缶詰って、見たことありました?
私、ありませんでした。 ^^
先輩(夫)が調べたら、渋谷の西武百貨店の食品売り場にあるそうで。。。
その話を、マリー、先輩、私で、にぎやかにしていたら、
ジョージ(70)が、ニヤリとしながら、
≪うなぎが生で入っている缶詰があるのかい!?≫
と、冗談? か、本気か、言うので、みんなで大笑いしました。
先輩が、
≪洗面器みたいな大きさの缶詰を開けて、うなぎが生で、とぐろを巻いていたら、
さぞかし、ショックだろうね!!≫ と、叫びました。 みな大笑い。
いい具合の親戚の集まりでした。。。。
その日の終わりに、恵比寿駅の改札で、それぞれハグをして、さよならを言いました。
なんだかとってもあったかいお別れでした。
≪またアメリカにきなさい!≫ と、マリー(76)
から、日本語で言われました。(^-^)ありがたいことでした。
日本の田舎のおばちゃんから、言われたような、あったかさ。
いや、本当は、ロスアンジェルス在住のおばちゃんなんですけど。。 ^^
ということで、今日も私におつきあいくださりありがとうございました。m(__)m
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前回、あなたに、私のアメリカの親戚の話を聞いていただきました。
私の母のいとこ、ミヨコさん(1915- 2000)の、旦那さん、カズさん(1900- 1957)の話。

(ミヨコさん、カズさん夫婦と2人の娘。(息子はまだ生まれていない)
おそらく、1937年くらい。)
(ミヨコさんとてもきれいな人。この写真ではふっくらしています。)
。。。。
今回来日したうちの2人は、ミヨコさん、カズさん夫婦の次女マリー(76)(写真の赤ちゃん!)
息子、ジョージ(70)、、そして、それぞれの伴侶。
および、ミヨコさん、カズさん夫婦の長女アン(77)の、二男夫婦も来日しました。
(妻はメキシコ系アメリカ人! いかにも、肉食系女子! )
そして、今回、父親カズさんの、23才年下の弟が存命だとわかり、それで、
ジョージとマリーは、実のおじさんとその息子夫婦に会いに、家族を伴って来日したわけでした。
場所は、川崎のとある中華レストランでした。
コース料理を注文してありました。。 前菜、スープからはじまり。。。
でも、料理より、目の前にいる人々とのやりとりが刺激的で、味なんてわかりませんでした。

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いつも本当にありがとうございます! (^-^)
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私は、アメリカ、カリフォルニア在住の親戚がいます。
私の母方の親戚で、大正時代に、岩手からカリフォルニア移民になった人がいます。
(当時は、横浜から船に乗り、カリフォルニアの地に着くまで、1か月の船旅だったそうで。)
このブログでも以前紹介しました、ミヨコさん、は、1915年カリフォルニア生まれの
2世です。
一方、カズさんという男性は、1900年、名古屋生まれで、20代でカリフォルニアに渡りました。
彼は、35才で、20才のミヨコさんと結婚しました。
カズさんは、移民当時、貧しい農民として、畑を耕すところから始まり、、、
苦労の末、その地でスーパーマーケットを経営するまで成功しました。

(カズさん経営、スーパーマーケットの写真
1930年代~1941頃)
。。。。
しかし、その後、1941年、太平洋戦争があり、日系の家族はすべて、アメリカ国家から、
強制収容所への移動を強制された。
日系アメリカ人の過酷な時代でした。
収容所に入れられる際、携帯が認められたのは、一人につき、ボストンバックひとつに入る
私物のみだったそうで。
カズさん、ミヨコさんには、その時、4才、3才の女の子2人の子供がいて。
どんな気持ちだったでしょうか。
この数年に渡る収容所の生活の間、、もうひとり男の子が生まれ。。
しかし、後に残してきた家屋、お店、私物のすべては、国家から没収、処分されていたそうです。。。
収容所から出た時、手元にあるのは、健康な体と、妻、食べ盛りの子供3人と、
強力な信頼関係を土台にした、日系の人々とのつながり。。
それから、手に20ドルだけ。。。。家もお店もなくなり。。。。
それは、ほかの日系の家族も同じ。。
戦後になっても、敵国の人間というラベルはなかなかはがせず、ひどい差別も経験し、、、、
日系人どうしが、結束して、なんとかかんとか、生きのびた時代だったのでしょう。。。
カズさんは、再度、アメリカで成功するために非常に努力をし、、、50代に入ってから、
お店を手に入れました。
しかし、長いこと心労があったのでしょう、、
彼は、1957年、57才で肺病のため、亡くなります。。。
42才の妻ミヨコさん、21才の娘アン、20才の娘マリー、13才の息子ジョージを残して。
次女のマリーは、病床の父カズさんに、婚約者を会わせることができたそうです。
(それだけはよかった、と、70才を過ぎてから、私に言いました。。)
現在、このカズさんは、妻ミヨコさんと共に、ロスアンジェルスの墓地に眠っています。
(私は、2009年に、彼らの墓参りをしました。)
このカズさんの、次女マリー、、息子ジョージは、現在70代ですが。。
それぞれ伴侶を伴って、また、カズさんの長女アンの息子夫婦、ルー、ディディ
と共に、今回、来日しました。。
今回彼らの旅の目的は、父親である、カズさんの親戚に会うため!
ずっと音信普通になってしまっていた、カズさんの弟が、調査の末、
存命だとわかったそうで。(90才!)
私たちにとっては不思議なつながりです。
だって、東京在住の私たちが、カリフォルニア在住、母のいとこの子孫と、
その人たちの日本在住、父方の親戚とも会う、なんて、、ちよっとありえない話でしょう?
遠い親戚の、そのまた親戚って、どこまでつながるのかな、、、、 ^^
(家系図すごいことになってます! ^^)
私とジョージ、マリー、アンが一番、血のつながりが濃いはずですが、
計算してみたら、1.5625% が、彼らと同じ血が流れているパーセントでした。。。 ^^
(^-^)
さてさて。。どうなることやら。。。
待ち合わせは、神奈川県にある、ホテルの中華レストランでした。。。。
このお話はまた次回に続きます。
今日も私におつきあいくださりありがとうございました。
あなたに愛をこめて。 (^-^)
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アメリカさんとのこれまでのやりとりについては、右カラム、カテゴリー
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もしよろしかったら。 ^^
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今年2012年は、タイタニック沈没から100年なんですね。
戦争以外で、こんなに甚大な被害を出した海難事故は、前代未聞ですね。
当時の人が、どんなに驚愕したか、、、想像を絶したものだったでしょうね。
1997年公開映画、≪タイタニック≫が、再度、今年、3Dで公開されていますね。
あなたはご欄になりましたでしょうか。
あの沈没シーン、驚愕しませんでしたか?
3Dになると、さらにすごそうですね。。 (汗)
タイタニックが座礁して、どんどん沈没していき、最後は、電気も消えて、
人々がパニックして海に投げ出され、巨大船の本体が2つに割れて、
深い海の底に沈んでいく。。。引きずり込まれていく。。。
氷山衝突から沈没まで、わずか2時間半くらい。
1997年に映画館で見た時、そのリアルさに驚愕しました。
さらに、≪私これ見たことある!≫ と、臨場感を持って思いだし、3度映画館に通いました。
しかし、、、
私はその時、タイタニックの乗客ではなくて、遭難して、死に移行していく人々を助ける
サポーターのひとりではなかったかと。。。。
というのは、、、
私の視線は、海のはるか上から、彼らの遭難の状況を、俯瞰してみているのです。
真っ暗な海にいる小さな心細そうなタイタニック、人々の阿鼻叫喚。。。
そのあと、私がいたチームは、遭難して死亡した人々が、向こうへ移行できるような、
サポートをしていた、、、のだととらえています。
(それ以外は覚えていないので、何ともいえないのですが。。)
とにかく、翌朝、救助に向かったカラパッチア号が間に合わなかった、
氷点下の海水で凍りつき、死に至った人々は、、見えざるサポーターの手で、
死への移行を助けられたことは本当だと思います。。。
奇妙なことに、タイタニック号の沈没については、不思議な共感を覚えます。。
なんでまた、と、思うのですが。。。。
そんなにドラマチックなことに、遭遇しないとしても、
私たちの人生では、いろんなことがありますね。 (^-^)
今日も私におつきあいくださりありがとうございました。
愛するみなさま
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ありがとうございます! ^^
さて。。今日はある知人の青年の話を。
彼は、現在25才。
四国のある県から18才で上京。
その後、フリーターをして、コンビニや、倉庫作業、など、アルバイトを転々。
今、落ち着いて、スーパーのレジ打ちと、もうひとつ、別のお仕事も夜間している。
ずっと人生で何がやりたいかわからなかったけれど、やっと、アロマセラピストに
なりたい、と発見。
スクールをいろいろ調べた。どうも女性のほうが多い業界みたい。
女性の肌を直接、男性がマッサージするようなことは、できなさそう。
でも、自分は、香りが好き。香りで癒される。
傷ついた人、疲れた人が癒されるよう、香りでお手伝いできたら、と、思っている。
とても優しいデリケートな感受性を持った青年。。
これまで、3つのアルバイトを掛け持ちして働きながら、つましい生活をして、
やっと、お金をためた。
昨年から、2つのアルバイトに減らして、スクールに通うことができている。。。
このひとは、とても誠実に、そして着実に、自分の道を歩いている。
自分のやりたいことがわかるまで、時間がかかったし、はっきりしてからも、
それが自分にできるかどうか、プロの人に聞いたり、情報を集めて、
好きなことへの距離を縮めていった。。。
田舎を出る時、どういう道に求職していいかわからなかった、という理由で、
そのまま素直に、わからないまま、自分を信じて、歩いていったのも、
ひとつの誠実な生き方なのかな、と、彼を見て思った。。
私は彼を応援している。。 ^^
もうひとりの例。
ある男性。35才。
彼はやりたい仕事があるが、それだけではまだ生きていけないので、別にアルバイト
をしている。
アルバイトは、清掃の仕事を選んだ。。。
デパートのトイレや、エスカレータの手すり、、一日中、そうしている。
手にぞうきんを持って、人間観察するにはもってこいだ、と、言う。
買い物をしていくたくさんの人々は、まるで彼のことなんか、見えないみたい。
流れる川のように、人々は来ては去っていく。。
相手の社会的立場、性別、年齢に関わりなく、その人がどんな価値観を持っているか、
彼は、もっと、よくわかるようになったという。。。
とても覚めた目で、彼は、デパートというカオスを歩いている。。。
まるで、行者のように。。
こんな賢い行者が、まさか、気楽に買い物をしている人々の間にまぎれているとは、
不思議なものだ。
彼は、それで、何かの達観に到達するのかもしれない。。
そして、納得したら、次のテーマが動くのかもしれない。。
彼らがやろうとしていること、そして、やりたいこと。。。
それらの青写真は、もう存在しているのだろう。。。
私もあなたも、旅人。。。。
今日も私にお付き合いくださりありがとうございました。(^-^)
愛するみなさま
こんばんは。(^-^)
いかがお過ごしですか。
いつもアナナスのブログに来てくださってありがとうございます。
あなたの存在にこころから感謝します!
あなたの毎日はいかがですか?
いろんな時間をお過ごしでしょうね。
私が聞いているだけでも、本当にさまざまな時間を過ごしていらっしゃる。
ここには、プライバシーだから書けませんけど。。
変化なさっている方、どうぞご自愛ください。
たいへんなところを歩いている方も、ご自愛ください。
とっても幸せな方、よかったでしたね。
人生の祝福を浴びているような方もいます。
この世の春のような。。^^
私は、相変わらずです。
子供たちの学校が始まり、ちょっとホッとしてます。 ^^ はは。
どこのお母さんも同じかもしれません。
(お母さん、お父さんの役割しているみなさま、ありがとうございます!)
先日、連絡くださったOさん、ありがとうございます。
マレーシアに転居するそうで、私、おじゃまする約束をしました。
ありがたいことです♪
(Oさん、あと少しの東京ライフをお楽しみください!^^感謝です!)
いつもありがとうございます。
あなたにこころから感謝します。(^-^)